あなたの悩みがひとつでもなくなりますように

人は、悲しんで喜んで生きていく

人間には、感情がある。

 

人間に限らず、動物にもあると思うんだよな。

 

犬とか猫とか、ペットが喜んでるのとか、なんか伝わってきたりするよね

 

でもその、あらゆる動物の中で1番多くの感情がありそれが変動しながら生きている動物って、たぶん人間なんだよね
そう、僕たちのことだ

 

僕たちは日々悩み悲しみ喜びながら生きているんだ

 

1つ面白い話がある

 

人間の赤ちゃんについての話なんだが、

 

そう、赤ちゃんが泣く、赤ちゃんが笑う。よく考えればわかることだ。僕たち人間は、生まれた時から感情をもっていたんだってことが

 

 

そのなかでも「嫉妬」という感情。

 

思春期くらいに芽生えそうな感情で、感情の奥深くにあるもののイメージであるが、実はこの「嫉妬」という感情は、赤ちゃんにも備わっているらしいのだ

 

ある実験で、赤ちゃんとお母さんがいて、まずはお母さんが赤ちゃんを可愛がる。その後、その赤ちゃんをほったらかしにしてお母さんは別の赤ちゃんを可愛がる。
(つまりお母さんが、他人の赤ちゃんを可愛がり、それを横でそのお母さんの赤ちゃんが見ているという状況)
すると、その赤ちゃんは泣き出したのだ。これは悲しいから泣いたのだ。ここで「嫉妬」という感情が発情したわけだ。

 

つまり、赤ちゃんにも「嫉妬」という感情があるということがわかる実験であった

 

人間は、生まれて間もなくから感情の奥深いところまでもが備わっていたということになる

 

 

例えば、サル。サルは賢い動物らしいが、感情の奥深くを考えたときに、人間のそれと比べれば大きな差が生じる。

 

1匹のサルが死んだとする。もし人間で人間が死んだのなら悲しみ埋葬をするのだろう。だが、サルは、たとえ仲間が死んでいたとしてもその上を飛び越えていくらしい。
つまりサルは「死」を理解していない動物らしいのだ。

 

どうなのだろう。これは聞いた話だから本当かどうかはわからない。違っていたらごめんなさい。ただ、ここで言えるのが、少なくとも人間はどの動物よりも悲しむ動物であるという僕の考えだ。

 

人間ほど、悲しみ、怒り、苦しみ、悩み、葛藤して生きている動物はいない。そう考える

 

 

僕は、人間の人生は「喜怒哀楽」で成り立っていると考える。
そこでざっくりとするが、悲しみと喜びが深い関係性があるんじゃないかなって思う

 

 

人は悲しんで生きていく

 

まずは、悲しい話からしていこう

 

僕の個人的な話とか日記みたいになってしまうかもしれないが、これはみんなも同じ経験をしたりしたこともあるだろうと考え、みんなの代表例といった感じで見てもらいたい

 

 

小学生のとき僕は泣き虫だった。

 

いつも泣いていた記憶がある

 

なんで泣くかって?

 

悲しいからだよ(笑)

 

なんだろうな、あの頃は、うまくいかないことがあったり、悲しいことがあったりしたらすぐ泣いてたな。
感情のコントロールをまだうまくできなかったんだろう。
泣きまくってたなー
友達と喧嘩したり、いじめられたりでも泣いてましたよ

 

人間として弱かったんでしょうね。ちょっとしたことでもね

 

 

人の「死」を通しての悲しみもあじわった。

 

小学校高学年のときに僕のおじいちゃんが死んだ。

 

泣きました。

 

これはもう、完全に「悲しい」って感情でした

 

人が死ぬって感覚を初めて知り、どれだけ人の命が尊いものなのかがわかった

 

 

その、悲しくて泣くってことは実は、小学生の時だけのことってわけじゃないんですよ

 

中学も高校も大学生になった今でも、時々悲しかったりすると泣いたりしますね

 

中学と高校は、だいたい部活で泣いたかな

 

ずっと補欠でつらくてさ(笑)

 

ここで言ってる「泣く」ってのは全部「悲しいから」って話なんだ。うれし泣きは例外

 

 

大学でも泣いたよ。いやそういえばつい最近泣きました

 

ちょっとまって、僕の人生って泣いてばかりじゃないか!全然いい人生遅れてなくない?

 

まあいい。そう、大学でだ

 

詳しくいうと、大学ではなくバイトのことなんだけどさ

 

 

ちょっと日記みたいになる

 

 

新しいバイト先が決まって、バイト始めたばっかだけどさ、やらかしましたわ。

 

バイト先は、高級料亭みたいな感じのところで、正直、緊張しっぱなし。

 

とくに緊張するのが、その店の店長。それとその弟子。

 

店長は口数は少ないが、なぜか異様なオーラを感じてやばい。
挨拶しても睨まれてるような感じで怖い。

 

そしてそのお弟子さん。年は僕の4つくらい上で、やさしいときは優しいが、忙しいときとかになると、怖くなる。優しくて厳しくて恐ろしい人だ。

 

 

そんなバイト先。仕事内容は、皿洗いと出前。簡単に聞こえるが実はそうではなく、覚えなければいけないことがたくさんあり、また、いろんなルールやマナーが存在したりと、正直きつい仕事だ。

 

高級ってこともあって妙に緊張してしまい、あたふた。

 

初日は、やってといわれたことをやるだけ
2日目は、だいたい要領をつかんで、やれそうなことだけをした

 

事件が起きたのは、3日目だ。

 

順調にバイトの仕事を行っていたんだ。あと2時間くらいで終わる〜なんて思いながら皿を洗っていた時、

 

パリンっ  

 

 

そう、皿を割ってしまったのだ。

 

やらかした...

 

今までは、やれる仕事をやってしっかりこなし、周りが怖いなかでもなんとかやってこれた。でも今回はやばい。
僕が100%悪い。

 

死んだーって思った

 

 

実際問題、処理しなくてはならなくて、処理のやり方は新聞紙にくるんで捨てるってのをバイトの先輩に教えてもらって処理はなんとかできたんだけど、問題はそのあと。

 

僕には、絶対にしなくてはならないことがあった。

 

そう、「謝罪」である。

 

まず店長に謝罪をしようとしたが、すぐにはできる状況ではなく。

 

一通り仕事が落ち着いてから謝罪を行った。

 

謝罪。恐ろしかった。クビになるんじゃないかと思った。

 

 

そしてなんとか、謝り許してもらえた。

 

実際、怒られなかった。「同じ失敗をしないように」って言われた

 

 

でも、僕は、よかった〜と安堵しなかった。

 

それよりも別の思い。疑問が残った

 

なぜ僕は、お皿を割ってしまったんだろう

 

普通にしていれば割ることはないはずだ。なぜだ!

 

考えても答えはわからなかった。

 

 

その後、なんとか帰路にこぎつけたが、気付けば僕は、電車の中で泣いていた

 

 

悔しかったな〜 悲しいし

 

悲しくて、悔しくて、自分が情けなかった

 

電車で泣いたってことは、それまでは泣かないでよく耐えたってことだ

 

それにしても悔しい。情けない

 

そして、不安

 

 

店長は「同じ失敗はしないように」と冷たく言い放った

 

同じ失敗。

 

これって、防げるのだろうか

 

なにより明確な原因がわからない。

 

心の乱れか、浮ついた気持ちの問題なのか。

 

お皿を割ってしまう=防げるか?

 

不安しかない

 

次はお皿を割らない保証なんてどこにもない

 

家に帰っても不安で眠れず

 

その後、意識が途絶えた...

 

 

 

とまぁ、こんな感じで

 

簡単にまとめると

 

僕は最近バイトでお皿を割って泣いた

 

って話でした

 

 

悲しかったな〜

 

 

まだ僕が子どもだということなのだろうか

 

でも、大学生でも泣く人っていると思うけど

 

どうなんだろ?

 

 

とにかく僕の人生は泣きっぱなし!悲しいことばかりだったのかな

 

 

ここでは、悲しい=泣く

 

ってなってるけど

 

悲しいことって、泣いてしまうほどの大きなことから

 

ちょっと傷つくくらいの小さなことまで

 

いろいろな悲しみ方があると思うんだ

 

 

例えば、人に話を無視された

 

悲しいよね

 

LINEを既読無視された

 

悲しいよね

 

 

悲しいことってもっと他にもいろいろあると思うんだけど

 

人生に悲しいことっていっぱいあるんだよ

 

いままで1度も悲しまなかった人間なんていないはずだ

 

いつも笑顔のあの人も、誰も知らないところで悲しんでいるかもしれない

 

 

でも、その数々の悲しみを乗り越えて、人は成長していくんだと思う

 

悲しみなんて笑い飛ばせ

 

悲しんだぶんだけ幸せが返ってくると思うから

 

頑張ろうぜ!

 

 

悲しみについて、個人的な見解も含め語ってきましたが

 

では次は「喜び」をみてみましょう

 

 

人は喜んで生きていく

 

僕の人生、悲しいことばかりで泣いてばかりいたんだけど

 

でもさ

 

嬉しいことも、「喜び」もちゃんとあったよ

 

 

喜び、そうだな

 

まずは1番思い当たるのは入試!

 

第一志望の大学に合格したのは、本当にうれしかった

 

誰かが言った。入試は人生を変えると

 

ここで言っているのはたぶん、入試の結果が人生を変えるって言ってるんじゃなくて

 

入試に対する姿勢が人生を変えるってことなんだと思う

 

遊んでばかりであまり勉強せずに受験に落ちるのと、一生懸命努力して勉強頑張って受験に落ちるのとでは

 

明らかに後者のほうが、人として成長することができるのだろう

 

そういう意味で誰かは、入試は人生を変えると言ったんだと思う

 

 

とにかく合格したのは嬉しかった。大いに喜びを感じた

 

 

他には、

 

この前は、女の子と楽しくおしゃべりができてうれしかった。

 

100円拾った

 

新しい友達ができた

 

知らない人から話しかけられた

 

などなど、大学に合格したという大きなことから、女の子と話した等の小さなことまで

 

探せば、嬉しいことっていっぱいあるんですよ

 

これから先の人生はたくさんの「喜び」が僕たちを待ってるはずです

 

 

これ、喜びも悲しみも、同じような感じだね

 

そうなんですよ。まとめるよ

 

 

まとめ

 

ここで僕は1つの考え。説を唱えたい

 

僕の友達のお父さんが言ってたんだけどさ

 

最終的に1に戻る って

 

どうゆうこと?って思った

 

つまりこうだ

 

人生には、悲しいこともあり、喜ばしいこともある

 

人は、悲しみ、喜び、生きていく

 

その悲しみと喜び、どちらが多いか比べた時。

 

それは=1になる。1:1というべきか

 

比率の問題である

 

悲しみが多ければその分、喜びも多くなるってこと

 

つまり、いま悲しいことが多ければ、その分がこの先喜びとなって帰ってくるということだ

 

僕もそう思う

 

いままで結構、つらい思い、悲しい思いをしてきた

 

だからこそ、未来で幸せを勝ち取りたい

 

地獄から這い上がってやるって気持ちで頑張る!

 

友達のお父さんは、僕を励まそうとそう言ったのかもしれないが

 

そんなの、人生やってみなきゃわからない

 

僕たちはまだ人生の途中だ

 

今は通過点に過ぎない

 

だから、前に進んでいくだけなんだ

 

悲しみながら喜びながら、生きていこうぜ野郎共!

 

 

思いが高ぶってしまった笑

 

 

とにかく僕は、悲しいことがあっても乗り越えていける

 

それは、鋼のメンタルを持っているからではない

 

 

考え方を変えたからだ

 

 

そう、人生は考え方次第なのだ

 

そのことにいち早く気づきこうどうしていくことが大切だ

 

 

まずは気づこう

 

僕は、占いによって気づくことができたんだ

 

だからみんなもまず、占ってみることをおすすめする

 

 

頑張って!